数学と国語

 昨日、某所で囲碁・将棋談義となった。史上最年少の11歳で囲碁のプロ棋士になった藤沢里菜さん(故藤沢秀行棋聖の孫娘)の話題から、囲碁は男女の差がそれほどないのに、将棋の場合は差がある。何故だろうという話になった。
 その昔将棋を始めた頃は、女の人は将棋を指さないと思っていた。学生で東京にいた時、中野の北口商店街を突き抜けて右に折れた所に、木造の確か二階立ての古い建物があって、将棋道場になっていた。学校の教室よりも広く、大勢入れるようになっていたが、そのときの客は私一人。南川という人が二枚落ちで指してくれて、褒めてもらった記憶がある。おだてられるとまた行きたくなるのが性分で、次に行ったときは女の人(多分40歳前後)が相手をしてくれた。駒組みが飽和状態になると、女の人は突然攻め始めた。と同時に「女は短気でダメなのよねぇ。だから将棋に向かない。」と独り言は始まった。その将棋の内容は忘れたが、「女は短気だから・・・」というセリフだけは今でも覚えている。
 そんな古い記憶が一瞬頭の中をよぎったが、囲碁・将棋談義の主役のS氏はこう切り出した。
「将棋は数学に似ている。将棋は定跡を知らないと勝てない。それは、理論を構築していく数学に似ている。数学者と将棋のプロ棋士に女性がいない(きわめて少ない)ところが共通点である。対して、囲碁は簡単な本定跡が分かっていれば、イメージで打てる。囲碁は国語に似ていると思う。」洞察力に満ちた言葉に感心しながら、客のいない中野の将棋道場での出来事を思い返していた。


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