秋の瀬戸内・気ままな旅(後)

イクチジマ(生口島)後編は、平山郁夫美術館


平山郁夫画伯と言えば、有名な日本画家で、生口島出身の今年79歳。


美術館は平屋で展示室が3つあります。


チケットです。



ロビーに集合。これから館長の解説を聞きます。左から二人目の方です。
「珍しい名前なんです。スケナリと言います。平山郁夫の弟です。」と館長。


館長から記念の名詞を頂きました。


ロビーから見える庭。しまなみをイメージした植え込みだようで、「真ん中の小さな植え込みは分かりますか?」と館長先生。「さあ」と首をひねると「年配の方ならご存知の『ひょうたん島』です。ここから少し行ったところにモデルになった島があります。」と続ける館長先生の言葉に少し肩の力が抜ける。

通路には様々なパネルがある。
平山郁夫は、小学校を終えると、島から出て広島市の旧制中学に進学した。その頃の生活を丁寧に説明して頂いた。
平山郁夫昭和19年に休暇で生口島に帰った時の写真があった。大家族である。「この赤ん坊、誰か分かります?」と館長は写真を指差す。「さあ」と首をひねると、すかさず「ボクです。」と少し照れ笑いの館長。


平山郁夫の作品は小学校の頃の絵日記から始まる。ここに陳列してなければ、誰が小学生の絵と信じるであろうか。(子供の描く絵ではない。天才という言葉しか思いつかない絵である。)
下のパネルは、日本画の下絵から本絵の工程を示したもの。


東京芸大を卒業後、院展に初入選した『家路』という生口島を描いた作品があった。ゴーギャンの「タヒチの女」にどこか似た3人の若い女性が印象的であったが、その前を一人の少年が歩いている。「これ、誰か分かります?」と館長は少年を指差す。「さあ」と首をひねると、すかさず「ボクです。」と満足笑いの館長。
下のパネルは絵の具。顔料の原石。


館長は、平山郁夫の作品とその背景を丁寧に説明していく。約20名のギャラリーが館長に付いて歩くこと1時間。絵画を通して、歴史、地理、宗教の講義を聞いた。館長の話をメモを取る女性もいた。ずいぶんと賢くなったような気分になったのは、やはり凡人の悲しさ故(ゆえ)なのだろう。
写真は最近の作品。しまなみ海道五十三次の『天かける白い橋・瀬戸内しまなみ海道』たたみ6畳の大作です。


帰りの因島大橋


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