賞金制となった99年 

 今年で25回を向かえる米子将棋まつりは、その内容は4期に分かれる。
 第1期は、高木栄典支部長時代で、県西部地区の愛好家の集いの場であった。
 第2期は、90年頃からで団体戦を主軸とした方式とした。特に、Aクラスは、近代将棋の全国道場対抗戦の山陰地区予選として、優勝チームに東京までの旅費(10万円)を支給した。
 第3期は、95年から98年で、テーマを掲げて、近畿方面からの参加を呼びかけた時期であった。団体戦で地域を越えて交流を深めた大会であった。
 第4期からは、すべて個人戦とし、S級を新設した。賞金制の大会として、近畿・山陽から強豪が集結する大会となった。


 今日から3回に分けて、第4期の大会の様子を書いてみたい。
 まず、99年の米子将棋まつりの様子である。(日本海新聞より、文中敬称略)
 『7月18日開催された第17回米子将棋まつりは、191人という記録的な参加者であった。今年からすべて個人戦に模様替えし、新設のS級戦(優勝10万円、準優勝5万円、敗者戦優勝2万円)には県内外の強豪が参加した。(鳥取県19人、県外19人)
 当日イベントとしてS級優勝者当てクイズを行った。得票数が多かったのは、32票の藤井真司(松江市)、19票の柳浦正明(松江市)、8票の武村俊夫*1大阪府)、7票の辻清治*2兵庫県)、6票の吉田義雄*3大阪府)、松田隆(鳥取市)の順であった。』

 
 この6人の強豪の名前をご存知なら、あなたはアマ棋界通です。

*1:大阪で3本の指に入るといわれる屈指の強豪

*2:99年の兵庫県アマ竜王

*3:大阪府代表数知れず